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会社史への提言
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会社史への提言


経済史・経営史の専門家が会社史(社史)への期待や意見を率直に述べています。

  1. 「社史」再々論 中川敬一郎(日本経営史研究所顧問,東京大学名誉教授,故人)
  2. 「社史」の可能性 三和良一(青山学院大学名誉教授)

「社史」の可能性

三和良一(日本経営史研究所専務理事,青山学院大学名誉教授)

 NHKの「プロジェクトX」が人気を博しているが,たしかに,人間の努力の軌跡が面白く描かれたテレビ番組である。この番組と同じように読者を引きつける「社史」はあり得るだろうか。多くの「社史」は,企業の歴史を,なるべく順調な成長の過程として記述する傾向にあるから,成功の陰にある血のにじむような苦労を表だって書き残すことはまれであり,大成功や大失敗の事例を担当者の名前をあげて,人間くさく語ることも避けられる場合が多い。これでは,「プロジェクトX」のような迫力は期待できそうにない。

 とはいえ,「社史」も書きようによっては,あるいは読みようによっては,手に汗を握るようなドラマを浮かび上がらせるテキストとなる。文字で記されたもの(=テキスト)は,読者によって読み解かれて,はじめて生きたイメージとなり,生きたビジョンを結ぶといわれるように,「社史」も大きな可能性をもつ歴史テキストなのである。

 「プロジェクトX」は,ある目標への到達のみちを感動的に描く。しかし,「社史」の場合には,企業が利益獲得を目標として経営戦略を展開し続ける“going concern”であるからには,最終的目標の達成過程を描くというような記述はあり得ず,いわば無限の努力の連続を,ある期間を限って描出するテキストとなる。

 企業活動では,ある時点での成功の事例が,時の流れの中では,失敗の事例に転化することも多々起こり得る。1980年代後半のバブルの時期の経営多角化が,90年代には企業の重荷になるようなケースは枚挙にいとまがない。このために,「社史」は成功と失敗の波を,なるべく平板に描いて「順調」な企業成長の物語を紡ぎ出す傾向をもちがちになる。このような「社史」からも,波乱の歴史を読みとる力量をもつ読み手もいるであろう。しかし,普通の読者は退屈して,頁を閉じてしまうに違いない。

 退屈な「社史」は,企業のリーダーたちの指導力を,率直に評価することをはばかる気風から生まれがちである。人知が万能でないことは当然なのであり,歴史はもっとも優れた指導者の予測さえも越えて変動するものであるからには,率直な評価は企業経営者の人格を褒貶することにはならない。ただし,率直な評価といっても,やはり,評価の作法が問題である。

 ある時期に企業がおかれた歴史的状況を客観的に分析し,その経営環境のなかで,どのような経営戦略の選択肢があり,企業のリーダーたちがどのような判断から戦略を選択したかを,史料に基づいて明らかにすることが必要である。このような評価は,専門的な訓練を受けた経営史・経済史の研究者によってなされるべきであろう。

 歴史の前に,謙虚な姿勢で,専門的な技能をもつ者の力を借りて,「社史」を編纂することが,魅力的なテキストを生み出す可能性の中心ではなかろうか。現実に企業が経験した山あり谷ありの歴史を,誇張も過小評価もなく,率直に記述すれば,それは読者に「プロジェクトX」と同じような感動をもたらすテキストとして読まれるにちがいない。
(2004年10月)

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